士業の先生方、クライアントからの信頼をさらに高めたいと思いませんか。法律や税務に関する専門知識はもちろん重要ですが、クライアントが最初に接する「電話応対」も、事務所の印象を大きく左右する要素です。丁寧で的確な電話マナーは、クライアントに安心感を与え、信頼関係を築くための大切な第一歩となります。しかし、「忙しくて電話応対まで手が回らない」「スタッフによって対応にばらつきがある」といった悩みを抱えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
この記事では、弁護士や税理士といった士業の先生方とそのスタッフ向けに、基本的な電話応対マナーから、状況に応じた応用テクニック、さらには避けるべきNG対応まで、プロが実践する具体的なノウハウを分かりやすく解説します。この記事を読めば、事務所全体の電話応対スキルが向上し、クライアントからの信頼を一層深めることができるでしょう。
なぜ士業に電話マナーが不可欠なのか?信頼構築の第一歩
第一印象を決める声のトーンと話し方
電話応対において、相手に与える印象を最も左右するのが「声のトーン」と「話し方」です。対面であれば表情や身振り手振りで補える情報も、電話では声だけが頼りとなります。心理学者のメラビアンが提唱した法則では、コミュニケーションにおいて言語情報(話の内容)が7%、聴覚情報(声のトーン、大きさ、話す速さなど)が38%、視覚情報(表情、態度など)が55%の影響を与えると言われています。電話では視覚情報がないため、聴覚情報、つまり声のトーンや話し方の重要性が相対的にさらに高まります。
たとえば、少し高めの明るいトーンで「お電話ありがとうございます」と応対するのと、低くぶっきらぼうなトーンで「はい、〇〇事務所です」と応対するのとでは、相手が受ける印象は雲泥の差です。前者であれば、クライアントは「歓迎されている」「話しやすそうだ」と感じ、安心して相談を始められるでしょう。逆に後者であれば、「忙しいのかな」「迷惑だったかな」と感じ、委縮してしまうかもしれません。また、話すスピードも重要です。早口すぎると、相手は聞き取れず、焦りや威圧感を感じてしまいます。反対に、ゆっくりすぎても、相手を待たせているような印象を与えかねません。相手の状況や話すスピードに合わせ、落ち着いた、聞き取りやすいペースで話すことを心がけましょう。具体的には、普段話すスピードよりもややゆっくり、そして語尾を丁寧に、明瞭に発音することがポイントです。
声のトーンと話し方を意識するだけで、電話応対の質は格段に向上し、クライアントに安心感と信頼感を与えることができます。これは、特別なスキルではなく、意識と少しの練習で誰でも改善できる点です。
クライアントの不安を和らげる丁寧な対応
士業に連絡をしてくるクライアントの多くは、何らかの悩みや問題を抱え、不安な気持ちでいっぱいです。特に初めて法律事務所や税理士事務所に電話をする場合、その緊張感は相当なものでしょう。「専門家に相談するなんて敷居が高い」「難しいことを言われるのではないか」「費用はいくらかかるのだろうか」など、様々な不安が頭をよぎります。だからこそ、電話を受ける側は、その不安な気持ちに寄り添い、少しでも和らげるような丁寧な対応を心がける必要があります。丁寧な対応とは、具体的にどのようなことでしょうか。まず、相手の話を注意深く聞く「傾聴」の姿勢が基本です。
相手が話し終わるのを待ち、適切なタイミングで相槌を打ち、「さようでございますか」「ご心配でいらっしゃいますね」といった共感の言葉を添えることで、クライアントは「自分の話をしっかり聞いてもらえている」と感じ、安心感を覚えます。また、「クッション言葉」を上手に使うことも有効です。たとえば、何かを依頼する場合に「恐れ入りますが」、質問する場合に「失礼ですが」、お断りする場合に「申し訳ございませんが」といった言葉を添えるだけで、表現が柔らかくなり、相手への配慮が伝わります。たとえば、相続に関する相談で初めて電話してきた方が、「何から話していいか分からないのですが…」と戸惑っていたとします。ここで「ご用件は何ですか」と単刀直入に聞くのではなく、「相続の件でございますね。ご不安なことと思います。
まずは、どのような状況か、お分かりになる範囲で結構ですので、ゆっくりお話しいただけますか」のように、相手の気持ちを受け止め、話を進めやすいように導くことが大切です。このような細やかな配慮が、クライアントの不安を和らげ、「この事務所なら安心して任せられる」という信頼につながっていくのです。
事務所全体の評価につながる電話応対
電話応対は、決して電話を受けた個人の問題ではありません。電話口に出たスタッフ一人の対応が、事務所全体の評価、ブランドイメージに直結します。たとえ、担当する弁護士や税理士が非常に優秀で実績があったとしても、最初の電話応対が悪ければ、クライアントはその事務所に対してネガティブな印象を抱いてしまう可能性があります。逆もまた然りです。もし、電話応対が非常に丁寧で、親身になって話を聞いてくれたなら、クライアントは「この事務所はスタッフ教育がしっかりしている」「クライアントを大切にしている」と感じ、事務所全体への信頼感を高めるでしょう。
たとえば、あるクライアントが複数の法律事務所に電話で問い合わせをしたとします。A事務所は、電話に出た事務員の対応が無愛想で、質問にも面倒くさそうに答えました。一方、B事務所は、電話に出たスタッフが明るく丁寧で、親身になって話を聞き、担当弁護士へスムーズに取り次いでくれました。この場合、クライアントはどちらの事務所に相談したいと思うでしょうか。おそらく、多くの人がB事務所を選ぶはずです。専門的なサービスの質はもちろん重要ですが、最初の接点である電話応対の印象が、その後の依頼につながるかどうかの分かれ道になることも少なくありません。
近年では、インターネット上の口コミサイトやSNSで、事務所の評判が簡単に共有される時代です。たった一件の不適切な電話応対が、悪い評判として広まってしまうリスクもあります。逆に、素晴らしい対応は好意的な口コミを生み、新たなクライアント獲得につながる可能性も秘めています。したがって、事務所全体で電話応対の重要性を認識し、応対品質の標準化と向上を図ることが、継続的な信頼獲得と事務所の発展のために不可欠と言えるでしょう。
このように、電話応対は士業にとって単なる事務作業ではなく、信頼関係構築の基盤となる重要なコミュニケーションです。そこで次に、具体的な基本マナーについて見ていきましょう。
押さえておきたい基本の電話応対マナー
受電時のスムーズな名乗りと挨拶
電話応対の第一声は、事務所の「顔」とも言える非常に重要な瞬間です。ここで明るく、はっきりと、そして丁寧な名乗りと挨拶ができるかどうかで、相手が抱く第一印象が大きく左右されます。まず、電話が鳴ったら3コール以内に出るのが理想的です。もし3コール以上鳴ってしまった場合は、「(大変)お待たせいたしました」という一言を添える心遣いが大切です。そして、電話に出たら、まずは「お電話ありがとうございます」と感謝の気持ちを伝えます。
次に、事務所名を名乗ります。「〇〇法律事務所でございます」あるいは「税理士法人〇〇でございます」のように、正式名称をはっきりと伝えましょう。最後に、自分の名前を名乗ります。「わたくし、△△が承ります」のように、聞き取りやすいように少しゆっくりめに名乗ると良いでしょう。ありがちなNG例としては、「はい、〇〇です」のように事務所名や自分の名前を省略したり、早口で聞き取りにくかったりするケースです。これでは、相手はどこに電話をかけたのか、誰が対応しているのか不安に感じてしまいます。たとえば、あるクライアントが複数の事務所に電話をかけて比較検討している場合を考えてみましょう。スムーズで丁寧な名乗りと挨拶ができた事務所は、「しっかりした事務所だな」という印象を与える一方、名乗りが曖昧な事務所は、それだけで選択肢から外れてしまう可能性もあります。
挨拶は、声のトーンも重要です。意識的にワントーン明るい声を出すように心がけましょう。口角を少し上げて話すと、自然と明るい響きの声になります。受電時のスムーズな名乗りと挨拶は、特別な技術は必要ありません。決まったフレーズを、明るく、はっきりと、丁寧に伝えることを意識するだけで、相手に与える印象は格段に良くなります。
正確な情報伝達のための復唱とメモ
電話応対において、聞き間違いや伝え漏れは、重大なトラブルにつながる可能性があります。特に士業の業務では、クライアントの名前、連絡先、相談内容、予約日時など、正確性が求められる情報が多く含まれます。そのため、相手の発言内容を正確に聞き取り、記録し、そして確認するプロセスが不可欠です。そのための最も基本的かつ効果的な方法が、「復唱」と「メモ」です。まず、相手から重要な情報(名前、電話番号、日時、要件など)を聞き取ったら、必ずメモを取る習慣をつけましょう。手元に常にメモ帳と筆記用具を用意しておくことが大切です。
そして、メモを取りながら聞き、聞き終わった後にその内容を復唱して確認します。「〇〇様でいらっしゃいますね」「お電話番号は、XXX-XXX-XXXXでよろしいでしょうか」「ご相談のご予約は、〇月〇日〇曜日、午後〇時ということで承知いたしました」のように、確認したい情報を繰り返して相手に確認を求めます。これにより、聞き間違いを防ぐだけでなく、相手にも「きちんと内容を理解してもらえた」という安心感を与えることができます。もし聞き取れなかった部分があれば、正直に聞き返すことが重要です。「申し訳ございません、少々お電話が遠いようで、もう一度お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」のように、丁寧な言葉遣いで聞き返しましょう。曖昧なまま話を進めてしまうと、後で大きな問題になりかねません。
たとえば、クライアントからの相談予約の日時を間違って記録してしまい、当日クライアントが来所した際に担当者が不在だった、というような事態が発生したら、事務所の信用は大きく損なわれます。このようなミスは、復唱確認を徹底していれば防げるはずです。また、メモは単なる備忘録ではなく、後で誰が見ても内容が分かるように、5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように)を意識して記録することが望ましいです。正確な情報伝達は、信頼される電話応対の根幹をなす要素です。復唱とメモの習慣化は、そのための確実な方法と言えるでしょう。
相手に合わせた適切な敬語の使い方
士業の事務所として、クライアントや関係各所に対して丁寧な言葉遣いを心がけることは当然ですが、その「丁寧さ」の度合いや種類は、相手との関係性や状況によって使い分ける必要があります。敬語には大きく分けて、尊敬語(相手を高める言葉)、謙譲語(自分を低める言葉)、丁寧語(「です」「ます」調)の3種類があります。これらを適切に使い分けることで、相手への敬意を示し、スムーズなコミュニケーションを図ることができます。たとえば、クライアントに対しては、尊敬語と謙譲語、丁寧語を適切に組み合わせて、最大限の敬意を払う必要があります。
「〇〇先生(弁護士や税理士)は、ただいま席を外していらっしゃいます(尊敬語)。わたくし(謙譲語)がご用件を承ります(謙譲語)」といった形です。しかし、過剰な敬語や二重敬語(例:「おっしゃられておりました」)は、かえって不自然で慇懃無礼な印象を与えかねません。また、同業者や付き合いの長い関係機関など、相手によっては、あまりに堅苦しい敬語だと、かえって距離を感じさせてしまうこともあります。もちろん、馴れ馴れしい言葉遣いは論外ですが、相手との関係性に応じて、丁寧語を基本としつつ、状況によっては尊敬語・謙譲語の度合いを調整することも必要になるでしょう。敬語の使い分けで特に注意したいのが、社内(事務所内)の人間について話す場合です。
クライアントに対して、自分の上司や同僚である弁護士・税理士について話す際は、たとえ目上の人であっても社外の人に対しては身内として扱い、尊敬語ではなく謙譲語、あるいは呼び捨てにするのがマナーです。「〇〇弁護士は、ただいま他の電話に出ております」や「部長の〇〇は、本日外出しております」のように伝えます。これを、「〇〇先生様は」「〇〇部長様は」のように社内の人間に尊敬語を使ってしまうと、相手に違和感を与えてしまいます。敬語は、単に丁寧であれば良いというものではありません。相手や状況に合わせて適切に使い分けることが、コミュニケーション能力の高さを示し、相手からの信頼を得る上で重要です。自信がない場合は、敬語の基本的なルールを再確認したり、先輩や上司に相談したりすると良いでしょう。
これらの基本マナーをしっかりと身につけることで、電話応対の基礎が固まります。そして、基本ができていれば、様々な状況にも応用が利くようになります。では次に、具体的な状況に応じた対応テクニックを見ていきましょう。
状況別に見る:信頼を高める電話対応テクニック
担当者不在時のスマートな伝言対応
「〇〇先生(弁護士・税理士)はいらっしゃいますか」という電話は、士業事務所では日常茶飯事です。しかし、担当者が会議中、外出中、他の電話に対応中など、不在であるケースも少なくありません。このような場合に、いかにスムーズで的確な対応ができるかが、事務所の印象を左右します。まず重要なのは、不在の理由と、いつ頃連絡が取れる見込みなのかを、分かる範囲で伝えることです。「申し訳ございません、〇〇はあいにく、ただいま会議に出ております。終了は〇時頃を予定しております」のように具体的に伝えられると、相手は安心します。
もし戻り時間が不明な場合でも、「申し訳ございません、〇〇は現在外出しておりまして、戻りの時間は未定でございます」と正直に伝え、その上で代替案を提示することが大切です。代替案としては、「よろしければ、戻り次第こちらからご連絡いたしましょうか」と折り返し連絡を提案するのが一般的です。その際は、必ず相手の名前、連絡先、そして用件の概要を正確に聞き取り、復唱確認を行います。特に用件の概要は、「〇〇の件で、至急確認したいことがあるとのこと」のように、担当者が状況を把握しやすいように具体的にメモすることが重要です。
単に「お電話ありました」だけでは、担当者は何の件か分からず、折り返す際に手間取ってしまいます。また、「よろしければ、わたくしがご用件を承りましょうか」と、自分が代わりに一次対応できるかどうかを確認するのも良いでしょう。ただし、自分の権限や知識を超える内容については、安易に引き受けず、担当者に正確に引き継ぐことを優先します。伝言メモは、誰が見ても分かりやすいように、日時、相手の名前(会社名・部署名も)、連絡先、用件、そして対応者名を明記し、速やかに担当者に渡すか、共有の伝言ボードやツールに入力します。
たとえば、重要なクライアントから至急の連絡が入ったにもかかわらず、伝言が正確に伝わらず、対応が遅れてしまったとしたら、大きな信用失墜につながりかねません。担当者不在時の対応は、単なる伝言ゲームではなく、事務所の連携とクライアントへの配慮を示す重要な機会なのです。
専門的な問い合わせへの的確な初期対応
士業の事務所には、日々様々な専門的な問い合わせが寄せられます。相続手続きの詳細、特定の税務処理の方法、訴訟の見通しなど、その内容は多岐にわたり、時には非常に複雑なものもあります。電話を受けたスタッフが、必ずしもその分野の専門家であるとは限りません。そのような場合に、どのように対応するかが非常に重要です。最も避けなければならないのは、不確かな知識で安易に回答してしまうことです。間違った情報を提供してしまえば、クライアントに損害を与えかねませんし、事務所の信用問題にも発展します。では、どうすれば良いのでしょうか。
まず、問い合わせの内容を正確に聞き取り、理解することに努めます。もし内容が複雑で、自分だけでは判断できないと感じたら、正直にその旨を伝えることが大切です。「お問い合わせありがとうございます。その件につきましては、わたくしでは詳細を分かりかねますので、担当の者(あるいは、専門の者)に確認して、改めてご連絡させていただいてもよろしいでしょうか」のように伝えます。この際、いつまでに誰から連絡するのか、具体的な見通しを示すことが重要です。「本日中に、担当の〇〇よりご連絡いたします」や「明日午前中までには、改めてご連絡差し上げます」といった具体的な約束は、相手に安心感を与えます。
単に「担当者に伝えます」だけでは、いつ連絡が来るのか分からず、相手を不安にさせてしまいます。また、可能であれば、その場で担当者や専門知識を持つスタッフに電話を代わるのが最もスムーズです。その場合は、「少々お待ちいただけますでしょうか。担当の〇〇に代わります」と伝え、保留にしてから内線で状況を簡潔に伝え、スムーズに引き継ぎます。保留が長くなりそうな場合は、一旦電話を切り、折り返し連絡にする方が丁寧な場合もあります。たとえば、込み入った税務相談の電話を受けた事務スタッフが、安易に「それはおそらく非課税だと思いますよ」などと答えてしまい、後日、担当税理士から「課税対象です」と訂正されたとしたら、クライアントはどう思うでしょうか。初期対応での的確な判断と、正直さ、そして迅速な引き継ぎが、専門的な問い合わせに対する信頼を高める鍵となります。
クレームや難しい要望への冷静な対処法
どんなに丁寧な対応を心がけていても、時にはクライアントからクレームを受けたり、難しい要望を突きつけられたりすることがあります。このような状況では、感情的にならず、冷静かつ真摯に対応することが何よりも重要です。クレーム対応の基本は、まず「傾聴」です。相手が何に対して怒っているのか、何を求めているのか、途中で話を遮ったり反論したりせず、まずは最後までじっくりと話を聞く姿勢を示しましょう。相手が感情的になっている場合は特に、「おっしゃることはよく分かります」「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません」といった共感と謝罪の言葉を伝えることで、相手の興奮を鎮める効果があります。
ただし、事実関係が不明な段階で、全面的に非を認めるような謝罪は避けるべきです。「ご迷惑をおかけしている点については、申し訳ございません」のように、相手の感情に対して謝罪するに留めるのが適切です。次に、事実確認を行います。「恐れ入りますが、詳しく状況をお伺いしてもよろしいでしょうか」と丁寧に質問し、具体的な状況や経緯を客観的に把握します。感情的な言葉に惑わされず、事実情報を正確に聞き取ることが重要です。そして、事実確認ができた段階で、事務所としてどのような対応ができるのか、あるいはできないのかを、誠意をもって説明します。解決策を提示できる場合は具体的に伝え、すぐに対応できない場合や、要望に応えられない場合は、その理由を丁寧に説明し、代替案を提示するなど、できる限りの対応を検討する姿勢を見せることが大切です。
たとえば、請求された費用に対して「高すぎる」というクレームが入ったとします。まずは、「請求内容にご不明な点がおありとのこと、申し訳ございません。どの項目について、そのようにお感じになりましたでしょうか」と、相手の話を具体的に聞きます。その上で、請求の根拠や内訳を丁寧に説明し、理解を求めます。もし説明不足な点があったのであれば、その点は謝罪します。重要なのは、相手の言い分を頭ごなしに否定せず、真摯に向き合う姿勢を示すことです。難しい要望についても同様で、できないことは正直に伝えつつも、「代替案として、このような方法はいかがでしょうか」と、できる限りクライアントの意向に沿えるような提案を試みる姿勢が信頼につながります。クレーム対応は、ピンチをチャンスに変える機会でもあります。誠実な対応によって、かえってクライアントとの絆が深まることもあるのです。
これらの状況別テクニックを身につけることで、より多くの場面で自信を持って対応できるようになります。しかし、どんなに気をつけていても、うっかりやってしまいがちなNG対応も存在します。次は、クライアントの信頼を損なう可能性のある、避けるべき電話応対について解説します。
要注意:クライアントの信頼を損なうNG電話応対
避けるべき専門用語の多用と一方的な説明
士業の業務では、法律用語や税務用語など、専門的な言葉を使わざるを得ない場面が多くあります。しかし、クライアントは必ずしもそれらの用語に詳しいわけではありません。むしろ、ほとんどのクライアントは、専門用語の意味を正確には理解していないと考えた方が良いでしょう。それにもかかわらず、電話口で専門用語を多用し、十分な説明もないまま一方的に話を進めてしまうと、クライアントは何を言われているのか理解できず、ただただ混乱し、不安を感じるだけです。
「債務名義を取得して強制執行を…」「この取引は損金不算入になる可能性が…」などと、専門家にとっては当たり前の言葉でも、クライアントにとっては外国語のように聞こえるかもしれません。そして、分からないことを質問しづらい雰囲気を作ってしまうと、クライアントは疑問を抱えたまま話を聞き続けることになり、結果的に「この先生(事務所)は、難しいことばかり言って、こちらのことを考えてくれない」という不信感につながってしまいます。これを避けるためには、まず、常に相手の理解度を確認しながら話すことを意識する必要があります。「ここまでで、何かご不明な点はございますか」「今の説明で分かりにくいところはありましたか」など、適宜問いかけを挟むことが有効です。
また、専門用語を使う際には、できるだけ平易な言葉に言い換えたり、具体的な例え話を交えたりして説明する工夫が求められます。たとえば、「債務名義」であれば「裁判所が認めた、お金を強制的に取り立てる権利を証明する書類のことです」、「損金不算入」であれば「税金の計算上、経費として認められない費用ということです」のように、補足説明を加えるだけで、クライアントの理解度は大きく変わります。重要なのは、自分の知識をひけらかすことではなく、相手に正確に、かつ分かりやすく情報を伝え、理解してもらうことです。一方的な説明にならないよう、常に相手の反応を見ながら、対話を心がける姿勢が不可欠です。
長すぎる保留やたらい回しが与える印象
電話応対中に、担当者への確認や資料探しのために、相手を待たせる「保留」が必要になる場面があります。しかし、この保留時間が長すぎると、クライアントは「忘れられているのではないか」「後回しにされているのではないか」と感じ、強い不快感を覚えます。特に、保留中に何の案内もなく、ただ無音の状態が続くと、不安感はさらに増大します。保留にする際の目安としては、一般的に30秒~1分程度と言われています。もしそれ以上長くなりそうな場合は、一度保留を解除し、「申し訳ございません、確認にもう少々お時間がかかりそうです。このままお待ちいただけますでしょうか。もしお急ぎでしたら、確認次第こちらから折り返しご連絡いたしましょうか」のように、状況を説明し、相手の意向を確認するのがマナーです。
また、保留にする前には、必ず「〇〇について確認いたしますので、少々お待ちいただけますでしょうか」と、理由を伝えることを忘れないようにしましょう。何も言わずに突然保留にするのは失礼にあたります。さらに、クライアントにとって大きなストレスとなるのが「たらい回し」です。問い合わせ内容に対して、「それは私の担当ではありませんので、〇〇部にお繋ぎします」と言われ、繋がれた先でまた同じ説明を求められ、さらに別の担当者に回される…といった経験は、誰しも不快に感じるものです。これでは、クライアントは「組織内の連携が取れていない」「誰も責任を持って対応してくれない」と感じ、事務所全体への不信感を募らせてしまいます。
たらい回しを防ぐためには、まず電話を受けた人が、できる限り用件を正確に把握し、適切な担当者に一度で繋ぐ努力が必要です。そのためには、事務所内の誰がどのような業務を担当しているのか、ある程度把握しておく必要があります。もし、複数の部署や担当者が関わるような複雑な案件の場合は、最初に電話を受けた人が責任を持って情報を整理し、関係者間で連携を取ってから、改めてクライアントに連絡するなどの対応が求められます。たとえば、相続と不動産登記が絡むような相談の場合、税理士と司法書士の両方が関わる可能性があります。
この場合、電話を受けたスタッフが状況を把握し、「この件は税務面と登記面の両方から検討が必要ですので、一度わたくしで情報を整理し、担当者と連携の上、改めてご連絡差し上げます」のように対応すれば、クライアントは何度も同じ説明をする手間が省け、スムーズな対応を期待できるでしょう。保留時間の配慮と、たらい回しの防止は、クライアントの時間を尊重し、スムーズな問題解決を提供するという、プロフェッショナルとしての基本的な姿勢を示す上で非常に重要です。
感情的な反応や不確かな回答のリスク
電話応対では、常に冷静沈着な態度を保つことが求められます。たとえクライアントが感情的になっていたり、理不尽な要求をしてきたりした場合でも、こちらも感情的になって反論したり、イライラした態度や面倒くさそうな口調を出してしまったりしては絶対にいけません。感情的な反応は、問題をさらにこじらせ、クライアントとの関係を修復不可能な状態にしてしまう可能性があります。「売り言葉に買い言葉」というように、感情的な応酬は何も生み出しません。プロフェッショナルとして、常に一歩引いた視点を持ち、冷静に対応することを心がけましょう。
もし、どうしても冷静に対応できそうにないと感じたら、一旦「申し訳ございません、その件につきましては、上司(あるいは担当者)に確認の上、改めてご連絡させていただきます」のように伝え、時間をおいて対応する、あるいは他のスタッフに代わってもらうなどの判断も必要です。また、感情的な反応と同様に避けなければならないのが、「不確かな回答」や「憶測での回答」です。クライアントからの質問に対して、よく分からないまま「たぶん大丈夫だと思います」「おそらく〇〇でしょう」といった曖昧な返事をしてしまうと、後でそれが間違っていた場合に、クライアントに誤った期待を与えたり、不利益を生じさせたりする可能性があります。
これは、士業としての信頼を根底から揺るがす行為です。分からないこと、確信が持てないことについては、正直に「申し訳ございません、その点につきましては、わたくしの一存では判断できかねますので、正確な情報を確認してから、改めて回答させていただきます」のように伝えるべきです。その場で安易に答えるよりも、時間はかかっても正確な情報を提供することの方が、最終的にクライアントの信頼を得ることにつながります。
たとえば、税金の申告期限について聞かれた際に、「確か来週だったと思いますよ」などと不確かな返事をしてしまい、実際はもっと早い期限だったとしたら、クライアントは期限に間に合わず、ペナルティを課されるかもしれません。このような事態を避けるためにも、常に正確性を最優先し、自信のない回答は絶対にしないというルールを徹底することが重要です。冷静な態度と、正確性へのこだわりが、プロフェッショナルとしての信頼を守る防波堤となるのです。
これらのNG対応を避けるだけでも、電話応対の質は大きく向上します。しかし、現状維持に甘んじることなく、さらにスキルアップを目指すことも重要です。そこで最後に、プロフェッショナルであり続けるための電話応対スキル向上術についてご紹介します。
プロフェッショナルであり続けるための電話応対スキル向上術
定期的なロールプレイングによる実践練習
電話応対スキルを向上させる上で、最も効果的な方法の一つが「ロールプレイング」です。ロールプレイングとは、実際の業務で起こりうる様々な場面を想定し、参加者がそれぞれの役割(電話を受ける側、電話をかける側)を演じることで、実践的な対応力を養うトレーニング方法です。頭でマナーを理解しているだけでは、いざという時にスムーズに対応できないことがよくあります。ロールプレイングを通じて、実際に声に出し、体を動かして練習することで、知識が「使えるスキル」として定着していきます。
ロールプレイングを行う際は、具体的なシナリオを設定することが重要です。たとえば、「初めて法律相談をしたいという緊張しているクライアントからの電話」「担当者不在時に、至急の用件を伝えたいという既存クライアントからの電話」「サービスの対応について不満を持っているクライアントからのクレーム電話」など、様々な状況を想定しましょう。役割を演じるだけでなく、他の参加者がその応対を見て、良かった点や改善点をフィードバックし合うことも大切です。「声のトーンが明るくて良かった」「復唱確認ができていて丁寧だった」といったポジティブなフィードバックは自信につながりますし、「もう少しゆっくり話した方が聞きやすい」「専門用語の説明が不足していた」といった具体的な改善点の指摘は、次の成長につながります。
このフィードバックは、客観的かつ建設的に行うことが重要です。ロールプレイングは、新人研修だけでなく、経験豊富なスタッフも含めて、定期的に(たとえば月に一度など)実施することをお勧めします。経験者であっても、改めて基本に立ち返ったり、他のスタッフの対応から新たな気づきを得たりすることができます。たとえば、ある事務所では、月に一度、持ち回りで様々なクレーム事例のロールプレイングを実施し、対応方法を議論しているそうです。これにより、難しい状況への対応力が向上し、スタッフ間の連携も深まったといいます。継続的なロールプレイングは、個々のスキルアップはもちろん、事務所全体の応対品質の底上げと標準化に大きく貢献します。
クライアントからのフィードバックを活用する
自分たちの電話応対が、クライアントにどのように受け止められているのかを客観的に知ることは、スキルアップのために非常に重要です。そこで有効なのが、クライアントからのフィードバックを積極的に収集し、それを改善に活かすという方法です。フィードバックを得る方法はいくつか考えられます。たとえば、相談や打ち合わせの最後に、担当者が直接「本日の電話応対はいかがでしたでしょうか。何かお気づきの点がございましたら、お聞かせいただけますと幸いです」と尋ねてみるのも一つの手です。もちろん、面と向かっては言いづらいというクライアントもいるでしょうから、アンケート調査を実施するのも効果的です。ウェブサイトにアンケートフォームを設置したり、郵送やメールでアンケートを送付したりする方法があります。
アンケート項目には、「電話の繋がりやすさ」「電話応対スタッフの言葉遣いや丁寧さ」「用件の把握や引き継ぎのスムーズさ」「説明の分かりやすさ」などを具体的に設定し、5段階評価や自由記述欄を設けると、詳細な意見を集めやすくなります。重要なのは、集めたフィードバックを真摯に受け止め、具体的な改善アクションにつなげることです。たとえ厳しい意見があったとしても、それは成長の機会と捉え、事務所内で共有し、改善策を検討しましょう。
「電話がなかなかつながらない」という意見が多ければ、電話回線の増設や人員配置の見直しを検討する必要があります。「説明が専門的で分かりにくい」という声があれば、スタッフ研修で分かりやすい説明方法を学ぶ機会を設けるなどの対策が考えられます。たとえば、ある税理士事務所では、確定申告の時期が終わった後に、クライアントへアンケートを実施し、電話応対に関する満足度調査を行っています。
その結果、「特定のスタッフの対応が事務的だった」という意見が複数寄せられたため、該当スタッフへの個別指導と、全スタッフ向けの応対研修を実施したところ、翌年のアンケートでは満足度が向上したという事例があります。クライアントの声は、自分たちでは気づきにくい問題点や改善のヒントを教えてくれる貴重な情報源です。積極的に耳を傾け、サービス向上に活かす姿勢が、クライアントからの継続的な信頼を得るためには不可欠です。
チーム内での情報共有とマニュアル整備
電話応対の品質を事務所全体で維持・向上させるためには、個々のスタッフのスキルアップ努力に加えて、チーム内での情報共有と、応対基準を明確にするためのマニュアル整備が欠かせません。まず、情報共有についてですが、クライアントからの問い合わせ内容、対応履歴、クレーム情報などを、チーム内でスムーズに共有できる仕組みを作ることが重要です。これにより、どのスタッフが電話に出ても、クライアントの状況や過去の経緯を把握した上で、一貫性のある対応が可能になります。
情報共有のためには、CRM(顧客関係管理)システムのようなツールを導入するのも有効ですが、まずは共有フォルダに記録を残す、定期的なミーティングで情報を共有するといった簡単な方法から始めることもできます。たとえば、「〇〇様から、△△の件で問い合わせがあり、□□と回答済み」といった情報を共有しておけば、後日同じクライアントから連絡があった際に、別のスタッフが「先日お問い合わせいただいた△△の件ですね」とスムーズに対応でき、クライアントに安心感を与えることができます。
次に、応対マニュアルの整備です。基本的な電話の受け方、名乗り方、敬語の使い方、担当者不在時の対応フロー、よくある質問(FAQ)とその回答例、クレーム対応の手順などをまとめたマニュアルを作成し、全スタッフがいつでも参照できるようにしておきましょう。マニュアルがあることで、応対品質のばらつきを防ぎ、新人スタッフでも一定レベルの対応ができるようになります。ただし、マニュアルは一度作ったら終わりではありません。業務内容の変化や、クライアントからのフィードバック、ロールプレイングで見つかった課題などを反映し、定期的に見直し、更新していくことが重要です。
たとえば、新しいサービスを開始したり、法改正があったりした場合には、それに関連するFAQをマニュアルに追加する必要があります。情報共有の仕組みと、常に最新の状態に保たれたマニュアルは、事務所全体の電話応対レベルを底上げし、属人化を防ぐための強力な武器となります。チーム全体で協力し、より良い応対を目指す文化を醸成することが、長期的な信頼構築につながるのです。
これらのスキル向上術を継続的に実践することで、士業のプロフェッショナルとして、常に質の高い電話応対を提供し続けることができるでしょう。それでは、最後にこの記事のまとめです。
まとめ
電話応対は単なる事務作業ではなく、クライアントとの信頼関係を築くための重要な第一歩であることを強調しました。声のトーンや話し方、丁寧な対応が第一印象を決定づけ、事務所全体の評価にもつながります。次に、押さえておくべき基本マナーとして、スムーズな名乗りと挨拶、正確な情報伝達のための復唱とメモ、相手に合わせた適切な敬語の使い方を挙げ、その具体的なポイントを解説しました。さらに、応用編として、担当者不在時、専門的な問い合わせ、クレームや難しい要望といった具体的な状況別に、信頼を高めるための対応テクニックを紹介しました。
一方で、信頼を損なうNG対応として、専門用語の多用や一方的な説明、長すぎる保留やたらい回し、感情的な反応や不確かな回答のリスクについても警鐘を鳴らしました。そして最後に、プロフェッショナルであり続けるために、定期的なロールプレイング、クライアントからのフィードバック活用、チーム内での情報共有とマニュアル整備といった、継続的なスキル向上術をご紹介しました。
電話応対は、少しの意識と工夫で大きく改善できる分野です。この記事で紹介した内容を参考に、ぜひ事務所全体の電話応対スキルを見直し、クライアントからのより一層の信頼獲得につなげてください。丁寧で心のこもった電話応対は、必ずや事務所の価値を高める一助となるはずです。
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